写実主義画家一覧

コロー(1796-1875)フランス/巧みな筆さばきで叙情性表現、田園風景画家 ドーミエ(1808-1879)フランス/国王や政治家を風刺した版画で一世を風靡、油彩画家としても後世の画家に影響を与えた ミレー(1814-1875)フランス/光と影によるドラマチックな演出、農村で労働の喜びに生きる人々を描いたバルビゾン派を代表する農民画家 クールベ(1819-1877)フランス/労働者や農民、ブルジョアを徹底したレアリスムに基づき、人間の醜悪や露骨な欲望も描き出した。 マネ(1832-1883)フランス/古典的な構図の引用と近代的な技法の融合「西洋近代絵画の創始者」 サージェント(1856-1925)アメリカ/上流社交界の人々を描いた優雅な肖像画で有名

エドゥアール・マネ作品

マネ(1832-1883)フランス/古典的な構図の引用と近代的な技法の融合「西洋近代絵画の創始者」

  • 父は高級官僚、母は外交官の娘というブルジョア家庭に生まれる。
  • 22歳:「ダンテの小舟」模写の許可をもらうためにドラクロアを訪問。
  • 27歳:「アブサンを飲む男」をサロンに初出品。落選したがドラクロアだけは認めていた。
  • 29歳:「スペインの歌手」でサロン初入選。これが縁でドガと知り合う。
  • 31歳:「テユイルリー公園の音楽」など14点の油絵をルイ・マルティネ画廊に展示。
  • 31歳:落選展で「草上の昼食」を出展。現実の裸体の女性を描いたことが不道徳とされ、スキャンダルとなる。
  • 32歳:「死せるキリストと二人の天使」がサロンに入選。
  • 33歳:「兵士らに辱めを受けるキリスト」「オランピア」をサロンに出品。
  • 34歳:「笛吹きの少年」をサロンに出品するが落選。
  • 35歳:「マクシミリアン皇帝の処刑」を制作。
  • 35歳:万国博に作品が除外される。ポメルー侯爵家の敷地内にバラックを建てて個展を開催。
  • 36歳:「エミール・ゾラの肖像」「女とおうむ」がサロンに入選。
  • 36歳:「デュレの肖像」を制作。
  • 37歳:「昼食」「バルコニー」がサロンに入選。
  • 38歳:「エヴァ・ゴンザレスの肖像」を制作。
  • 41歳:「休息」「ル・ボン・ボック」をサロンに出品。後者は人気を呼ぶ。
  • 41歳:「鉄道」を制作。
  • 42歳:「ニーナ・ド・カリアスの肖像」を制作。
  • 42歳:第一回印象派展への参加を断る。
  • 42歳:「アルジャントゥイユ」「アトリエのクロード・モネ」「庭の中のモネの家族」を制作。
  • 45歳:最初の自然主義的作品「ナナ」を制作するがサロンで落選。
  • 46歳:万国博の規定に納得できなくて一点も出品しない。個展もサロン出品も見合わせる。モニエ街のアトリエを引き払う。「モニエ街」「国旗を飾ったモニエ街」を制作。
  • 47歳:「温室のギユメ夫妻」制作、サロンに入選。
  • 48歳:「アントナン・ブルーストの肖像」を制作。
  • 49歳:「ロシュフォールの肖像」「獅子狩りのペルテュイゼ」を制作。後者はサロンで二等賞。
  • 49歳:女優ジャンヌド・マルシーがモデルの「」を制作。
  • 49歳:女優マリー・ローランがモデルの「」を制作。
  • 50歳:「フォリー・ベルジェールの酒場」「」をサロンに出品し大成功を博す。

各画家の代表作品

画家のアトリエ(1854-55)クールベ/カンヴァスの右に位置するモデルと左側の人体模型の対象など、謎めいたテーマが隠されている 晩鐘(1857-59)ミレー/信仰の尊さを素直に分かりやすく伝える作品 三等客車(1862)ドーミエ 笛を吹く少年(1866)マネ 真珠の女(1868-70)コロー/《モナ・リザ》を画家独自の世界に移し換えたもの マダムXの肖像(1884)サージェント
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